過去の私の極度の緊張症を振り返ってみて 社会不安障害克服ブログ ビジネスマンの日記

過去にあがり症、極度の緊張症、社会不安障害といった症状で苦しんだビジネスマンのブログ。ルーツ分析や克服方法やメンタルの問題に対しての所感を書いていきます

私が極度の緊張症&社会不安障害の時、どんな心理状態と思考をしていたか5

私の本来あるべきはずの姿をどうにか保護するために、プライドを強くしてしまったのが、更にいけなかった。現実と理想の乖離で苦しむ羽目にさらになってしまった。心の平穏を得るために、禅寺への修行ツアーに出てみたり、瞑想をする場所にも頻繁に通った。どれも結局私のあがり症を覆すまでにはいかなかった。

ただし、私の自己分析は役に立たなかったわけではなくて、のちのちプラスに作用することになった。こうあるべきであり、こうならなければならない思いが強くなっていたのに、結果が出なかった。自信はすっかり喪失してしまい、かといって、人生を投げ出すわけにもいかず・・・・

これが「あがり症」に苦しめられたときの私が内面で思っていたことだった。そればっかり考えていたといっていいし、そのままいったら永遠に考えていたかも知れない。

考えていたって、何にもいい成果を上げられなかったし、堂々巡りをしていたはずだ。感情の抑圧の堤防が決壊するように、自分を守る「壁」もいつか崩壊していただろう。たった一つの「あがり症」という弱点があるばっかりに、私はいつしか守りの姿勢に入ってしまっていた。

こんな情けないが大きい弱点を持っている人間が、こんな地位にいていいのか? 人を管理し指導する立場にいていいのか? なんという大それたことをしているのだ? お前は楽しんでいいのか? あんな悩みを抱えている人が、安心していいのか? 

たしかに私は安心しようとすると、それが不安になる(心のどこかで感じてしまう)。大きなことを成し遂げていいのか、という罪の意識に似た苦しい感情もよく起こった。出世と地位の確立という目的に進んでいたとき(対人関係・上との関係にも恵まれていた)は、そんな守りの姿勢には陥ったことはなかった。「あがり症」という弱点があるからこそ、頑張ることができた。

なのに、状況が変わって、今までの生き方、やり方、地位、人間関係が通用しなくなると、急に守りと逃げと罪の姿勢に陥ってしまった。そうなると、すべてがマイナスの方向にしか考えられなくなる。そうなったら、いくら書物を読んでも、自分を啓発しようとしても無意味だった。できないと思ってしまう自分が先に来てしまうからだ。

自律神経を鍛える自律訓練法など気休めすらならなかった。逆境をはねのけることができた以前の力は消え失せた。自分をどこまでも卑しめた。低い自己評価しか与えられなかった。そしてそれがいやで、プライドを高くした。だから余計苦しんだ。その繰り返しだった。

その泥沼から抜け出すまでには何をしても駄目だった。俺の人生は破滅だと思った。

しかし心のどこかで「このままじゃ終われない、終わってたまるか」とも思っていた。ただある時期まで方法がなかった。岩波先生に出会い、「あがり症が克服できる方法」が見つかるまでが、人生最悪の時期だった。

あれ以上最悪は今後ないだろう。ないと断言していい。絶対にない。もうどん底まで落ちたのだから、これからは上がるのみ。

そうじゃなきゃ何のために苦しんだのか? 攻めの姿勢だ。俺にはそれだけなんだ。失うものはない。たくさん失ってきた。時間・喜び・充実感……今更失っても同じことだ。だから失ったものを積み重ねていこう。俺にはそれができる。自分を信じろ。やれる。

(続く)

 

 

その1 

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その2 

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その3 

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その4 

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