過去の私の極度の緊張症を振り返ってみて 社会不安障害克服ブログ ビジネスマンの日記

過去にあがり症、極度の緊張症、社会不安障害といった症状で苦しんだビジネスマンのブログ。ルーツ分析や克服方法やメンタルの問題に対しての所感を書いていきます

私が極度の緊張症&社会不安障害の時、どんな心理状態と思考をしていたか4

何度死のうと考えたことだろう。しかしプライドが許さなかった。ここで死んだら完全に負け犬であり、なんでここまで苦しんでいたのか、それらが無駄になってしまう。許せなかった。
老いた親や妻、子供たちのことを考えると死ぬわけにもいかなかった。しかしあがり症のパニックになったときに、皆から大笑いされたり、蔑まれたり、必要以上に同情されたり、低く見られたりして、それをはっきり言葉で指摘されたのならば、それがビルの屋上だったり、ピストルが近くにあったら、即座に自殺していただろう。

私は重度のうつ病というほどではなかったので(あのままいっていたら、完全に重度のうつ病になっていたか、統合失調症になっていたかも知れない)、あがり症が頂点に達したときにしか死ななかったと思うが、いつも死にたい、生きていけないと思っていた。

仕事も手につかなくなったし、私のことを保護してくれる人ももういなかった(それまでは幸い人事に恵まれていた)。みな私を陥れたり、笑いものにする不倶戴天の敵だと思えてしょうがなくなった。

話し方教室やビジネスマンのための自己啓発セミナーにも行ったし、催眠療法にもかかりにいった。精神科に行ってあがり症を抑える抗不安薬を服用したりもしたが、どれも解決に導いてくれなかった(後述)。

自分の境遇を呪った。落ち込みが激しくなった。仕事も手につかなくなり、ミスが異常に増えてしまった。常にあがり症がばれそうになったときの対策のため、体を壊したとまわりに言いふらした。体が不調ならば、会議などあがり症が出てしまう場所で頭が真っ白になったとしても、大義名分ができるから。我ながらいい策だと思った。

あがり症になったとき、顔面蒼白もしどろもどろもすべて理由がつく。だが、そんな体をこわし続けている人間を、誰が徴用するだろうか? ああ、いっそのこと社長になれば、あがり症になる場面を独断で回避できるのに。

なんと中途半端な、それも、部下に示しをつけなくてはいけない地位まで昇ってしまったのか。いっそのこと平社員ならばよかった。ただ一つのあがり症のために、私はすべて社会的地位をも失ってしまう。プライドも保てなくし、家族も養わなければいけない重圧があった。

また後悔してしまった。独り身ならば、身動きがいくらでもとれた。給料は同世代よりもけっこういいものをもらえていたが、左遷されれば時間の問題だった。また私が左遷されることになったら、プライドが完全に崩壊してしまう恐れがあった。もう不安だらけの人間だった。こうならないように頑張ってきたのに悔しかった。人生を呪った。性質を恨んだ。

(続く)

 

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その1

 

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その2

 

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その3

 

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